“社会を変える原動力になる、人と企業を、日本から。”

実利用者研究機構 理事長 横尾良笑

私が小学2年生になった1989年、ベルリンの壁が崩壊した。さらに、小学4年生になった1991年、ちょうど世界地図を覚えている最中に、ソビエト連邦が崩壊。先生から、教科書に載っている地図は実際の地理とは異なるという説明を受けた。教科書に間違った内容が書いてあり、しかもテストでも問題と解答の方が間違っているという。衝撃だった。正解は絶対的なものではなく、変わって行くものなのだという事を知った。

私が中学生の頃にポケベル全盛期が訪れ、学校の緑の公衆電話の使い方が変わった。中学1年生の頃に電話で話していた学生達は、中学2年生の頃には同じ電話でポケベルのメッセージを打つようになっていた。この変化を起こしたのは国ではなかった。「企業、商品、私たちの選択が、人の気持ちや行動を変えられること」を知った。

高校はカナダへ留学した。人目を気にせず派手な事を色々とやっていたら、面白い奴だということで人気者になった。その次の年、留学サポートをしていた協会から電話があり、「あなたのいる地域だけ日本人の交換留学生を希望するホストファミリーが50倍に増えた。どうやったのか教えてほしい。」と電話があった。たまたまではあるものの、その地域に何らかの影響を与えた事実が、私の未来に対する考え方を根本から覆した。社会に影響を与えるって、こういう事なんだと思った。これが重なって社会が変わって行くんだと思ったら、それまで体験して来た様々な社会の変化が、ぐっと身近になった。

中学生の私にとっての未来とは「目の前にある選択肢から選んで行く」事だった。この体験は「周りの人に新しい選択肢を与えて行く」という未来の存在を教えてくれた。このときから、私の「未来とは何か」という考え方が変わった。「良い変化のきっかけとなるような先進事例を作り出して行く」という人生のテーマが決まった。

大学では、人間工学や授業の双方向評価システム、キャンパスのバリアフリー化等、変化発展の初期段階にある分野で、その変化を良い形で促進する、一つの先行事例になるようなプロジェクトを自ら立ち上げ、それなりに評価も得た。大学4年生の時、発展の初期段階に留まっていた障がい者・高齢者を含むマイノリティ対応の分野で、良い変化のきっかけとなるような先進事例を作り出して行く為のNPO法人を創設し、それが私の仕事になった。

2004年のあるとき、自治体から障がい者の表記についての相談を受けた。調べてみると、一部の声を上げている人だけの意見もバラバラで、「圧倒的多数の、声を上げていない一般の障がい者」に意見を聞いた事がないという事を知り、驚いた。実はアメリカにも”Nothing About Us Without Us(私たち抜きで私たちの事を決めるな!)”というスローガンがある。世界的にも「一般の障がい者」の意見は聞かれてこなかったのだ。「お金も労力がかかるけど、お金にならないこと」に本気で取組むのは勇気がいる。でも、「日本が世界に先駆けて良い変化のきっかけとなるような先行事例を作り出す事」は、私のやりたい事だから、やる事にした。

まず、実際にどんな呼ばれ方をする事があるか、障がい者の知人が当事者の人の意見を元に、一緒に候補を決めた。候補となる「しょうがいしゃ」の呼称を元に、どれがいいかアンケートをとったら、みんな答えられない。どれが良いと言うのは無い、でも、これは嫌というのはあると。アンケートを作り直して、どれが嫌か聞いてみた。肢体不自由や視覚障がい、聴覚障がい、内部障がい、後天や先天等様々な知り合いが居たが、一堂に、自分の意見だけじゃ心配だからと、それぞれ同じ障がいのある仲間に聞いてくれた。

「障害者」という表記は、一番一般的でこれでいいのでは?という人が一番多い一方、自分を呼ぶ言葉に「害」が入るという点で不快に思う人も、最も多かった。確かに、日本で人の名前に「害」という文字を使ってはいけない事になっているくらいだから、嫌な人がいて当然だろう。「これが普通と多くの人が感じる者を選ぶ」のではなく、「嫌な想いをする人をできるだけ少なくする」という基本方針を決めた。

「障碍者」はどうか。旧漢字だと言うのも有るが、視覚障がい者の方々にとって、使用が困難である事がわかった。漢字が難しすぎて想像出来ないという。視覚障がい者がPCを使うときに利用する音声読み上げソフトで障碍は「しょうがいぶつのしょう、ゆうずむげのげ、がい」と読み上げるのを聞いて、納得した。一部の障がい者の人に大きな不便を強いる表記は避ける事にした。

一方、「障害を持つ人」という呼称は、持ったり置いたりできるものではないのに嫌だという。「障害のある人」はどうか?これはあまり悪い印象は無かったが、自分達を指しているのかがわからないから採用してほしくないという意見が出た。たとえば障がいの程度は重くても社会的な理由で障害者手帳を持たない人もいる。例えばタクシーに障害のある人は半額と書いてあったときに、障害者手帳を持っている人をさすのか、物理的に障害のある人をさすのかが不明確で、自分が該当するのかわからず、生活上の不便があるというのだ。

最終的に、障がい者歴20年の男性が、「一般的じゃないけど、「障がい者」はどうかな?どこかで見かけて、すごく理解があるなと思って感心した」という話が出て来た。再度この候補を入れてアンケートを取り直してみると、「障がい者」が一番「嫌じゃない」という結果になった。

まずは自分達のホームページからテキストから色んな者をその表記で統一すると、障がいのある受講生から、こっそりと「誰にも言えなかったけど嫌だったので嬉しいです」と言われるようになった。

私たちの話を聞きに来た2000名を超える企業や自治体の高齢者・障がい者担当から口コミで広がり、いつの間にか全国に広がり、殆どの大手企業や自治体で採用されるようになった。2014年の世論調査で、ふさわしい「しょうがい」の表記について「障がい」が1位になり、PCの変換でも表示されるようになった。10年前には誰も聞いた事も無かったような表記が一般化した。「障がい者」の文字だけからは見えない所だが、こういったプロセスを経てできた表記であることやその大切さ、世界に先駆けて日本がそれに成功した事を誇りに思う。

一番大切な「プロセス」の部分については、まだまだ十分に広まっていない。「実際の利用者が決めるプロセス」を広めて行く事が、私の次の仕事だと思っている。

※本原稿は、2015年10月8日掲載 東京書籍 東書Eネット-先生のための教育資料データベース-中学校 技術・家庭の広場 指導資料「社会の変化」と「私の仕事」-実際の利用者が決めた「障がい者」表記の問題解決事例-(実利用者研究機構 横尾良笑)を再編集したものです。